「忖度」を電子辞書で調べると、guessとsurmiseが出てきます。
guessは易しい言葉で、英語のテキストにも一般のニュースでもよく見ます。
一方、surmiseは滅多に遭遇することがありません。英英辞書を見ると a reasonable guessとあります。
guessは単なる推測、surmiseは合理的な推測とでも言うのでしょうか。
このように「忖度」は英語的には「推測」と同じ意味で、辞書で訳されています。
でも「忖度」は隠れた気持ち、表には出されていない意図など、発言者の内面の心理を推し量るという推量、推察の意味が強いのではないでしょうか。
更に、今回政治の場面でこの言葉が頻繁に取りざたされましたが、日常的には使われることはほとんどない言葉でもあると思います。
guessの使用される頻度とは桁違いに少ない言葉だと思います。
アメリカでは(英語文化では)忖度のような、相手の気持ちを推し量って、それに合わせて、こちらの態度や対応を合わせるということ(文化)があるのでしょうか。
答えは、“ほぼノー”です。
アメリカ人は基本的には(ほとんどの場合は)言葉に表現されたことを文字通り、額面通り理解し、その言葉に適合した対応を取る、即ち忖度しないということが“期待されて”います。
特に、公式に(プライベート以外で)発言されたもの(会社での会議での発言やビジネスの交渉、他人同士の会話など)は、まさしくそうです。
私の体験からも、そのことは推測できます。
もちろんアメリカ人も忖度の気持ちは持っていると思います。親しい友人同士や家族間では、忖度し合ったりしますから、彼らとて人の気持ちが分からないわけではない、というわけです。
ちょっとした表情などを読み取り、言葉で言っていることと、本当の気持ちは違うということは察することができるのです(と思います)。
まあ、人間誰しもそのような“気持ちを察する能力”は持ち合わせていると確信します。
しかし、社会的訓練というか、文化的伝統では、言葉(英語)は発言された通りに額面通りに取るべきである、とされています。
だから、人前や社会的な発言はことさらに慎重に行う意識が強いわけです。
一つ例を考えてみましょう。
国として、アメリカと交渉する立場の日本の場合、安全保障の面、貿易の面などで、「自分たちは弱い立場だから、言いたいことも十分言えない」という心理が働き、アメリカ側に日本の立場を何とか“忖度してほしい”と願う気持ちがあるのではないか、と推測される外交交渉があったりします。
トランプ大統領が日本に不利なことを提案した場合、日本がすぐさま反論しないことはしばしば見られます。彼らの内心では、ちょっと反論(言葉で表現する)してもらえれば、それから「交渉できる」のにと思っていても、日本側が反論しない(言葉に言い表さない)と、賛成したことと理解せざるを得ないという彼らの常識で、対応(反応)しないわけにはいかない、ということになります。
これも「忖度する」と「忖度しない(言葉で表現したものだけをとる)」文化の違いです。
もう少し分かり易い話に例えれば、仮に軍事用戦闘機の交渉を例に考えるとします。
アメリカが一機100億円と価格提示して、日本側に購入を要求してきた場合です。そんな時、日本側は即座に50億でなければ買えない、と反論すべきです。
日本では戦闘機の製造能力がゼロなので、アメリカから買わざるを得ない立場にありますが、価格交渉の時、相手の言い値をそのまま受け入れる必要はない、と考えるべきなのです。(アメリカ人ならそう考えるだろうと思います)
戦闘機って、大量販売はできないものですから、マスプロダクションで製造されるものではありません。ですから、当然コストに対して数倍の利益を上乗せしていると考えられます。100億と言うなら、コストは10か20億ドルだと思われます。
すると100億と提示されたとき、50億とカウンターオファーしてもいいはずです。
そんな時の交渉で、「いやそれは…我が国の予算が厳しくて、そこまでは…いや困りました…上司と相談してみますが…」なんていう対応なら、英語の交渉としては、まったく失格です。
私の言いたいことは、英語の交渉では、カウンターオファーが、“通常の事”だということです。
最後には80億ドルで決着する。最初100億ドルと机を叩いて脅していた相手も喜んで、80億の決着で握手を求めてくることでしょう。アメリカ人の交渉担当者は本国に帰って、「厳しい交渉を乗り越えて、80億ドルで決着できた」と得意げに上司に報告できるはずです。
英語では、言葉で表現されたものを額面通り理解するという伝統(社会的訓練)があるのです。忖度の気持ちというものは個人的、プライベートな感情である、と彼らは捉えていると、私達日本人は考えるべきなのです。
Japan: We will accept the conditions that we have discussed today. Yes, Mr. Smith, we agree with you on the deal.
America: Thank you very much. We came to the reasonable conclusions. It was a very constructive negotiation, Mr. Sato. We’ve enjoyed the meeting. (Shake hands)…
こんな風な終わり方ができれば、英語的な交渉でしょう。
オファー vs カウンターオファー
英語圏での交渉では通常の事です。
ただ、担当者が英語圏の交渉術を熟知していても、忖度の伝統を重んじる国内 の政治家、学者、高級官僚、そして、マスコミなどがそのことを理解していないと、時に非常に難しい立場に立たされることがあります。
「無理に交渉を捻じ曲げている。相手が怒って交渉を中止したらどうするん だ!」
と圧力をかけたりするからです。
あるベテラン担当者はかつて、“後ろから鉄砲の弾が飛んでくる”と愚痴ったこ とがありました。
多くの場合、そんな批判や圧力は交渉当事者を腰砕けにして しまいます。
恐ろしや、忖度!